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vol.1 プロローグ
2022年新年のご挨拶

山梨県北杜市・津金にある、おんみつ堂のブドウ畑

おんみつ堂のワインづくりは、私が70歳から始めたプロジェクト。約2ヘクタールの耕作放棄地をブドウが育つ環境に整えるべく、ほぼひとりで(たまに妻も来て)作業しています。

私は、ぶどう栽培もワイン醸造も未経験。基軸に据えているのは、農哲学者で「自然農法」の大家・福岡正信氏の「自然界は完全である」という考え方です。

自然界は「完全」である。それならば、病害虫を農薬などの化学物質で排除することよりも、自然界を真似る環境づくりに力を注げばいい。


ここで言う”自然界を真似る”とは、すなわち人間だけでなく微生物や昆虫を含めた動植物がバランスよく共生している状態を再現することです。

ワインづくりを通して感じる思いと、日々の取り組みを、ここで連載していきます。

当初は草が生い茂り、あまり見かけなかった虫たちも最近は増えてきました

※福岡正信:不耕起・無肥料・無除草を特徴とする「自然農法」の大家。多種多様な植物の種子を粘土団子にして、砂漠化した土地や荒廃した大地にヘリコプターから落下させ、自然環境を再生した取り組みが大きな功績の一つとして称えられている。著書「わら一本の革命」(1975年刊)は自然農法の実践にとどまらず、自然界のバランスを軽視した人間目線のエゴを指摘し、万物の摂理を説き、世界中の人々に影響を与えた。


「70歳からワインづくりを始める」と山梨の人に言うと、
「よくじゃん(よくやるね)」と反応される。
少し嘲笑的に。


私は大学を出て、東京でサラリーマン勤めをした後、50代後半に仕事をやめ、山梨県の早川町という山に囲まれた土地に移り住みました。

『北の国から』の主人公・黒板五郎のように、大地を肌で感じ、自然の中で身体を動かしながら暮らしてみたいと、30代の頃から思い描いていたからです。

それは体力がなければ実現できないこと。定年を待ってはいられません。早期定年退職し、家族と離れ、ひとり「第2の人生」を10年間送りました。

暗く、鬱蒼とした山を自分の手で再生してみたい。NPO法人「山守会」を立ち上げ、10年間、間伐の活動をしました

「ワインをつくる」という発想は、むかしから持っていた訳ではありません。なんとなく、漠然と、「人生最期の仕事としてやってもいいかな」とイメージすることはありましたが、実際にやると決めたのは3年前に祐美子と再婚してからです。パソコンを上手に使い、私にはない女性的感性を持つ祐美子の存在が、私の背中を押してくれました。しかし、これまでの人生を思い返してみると、自分の人生はこの70代のプロジェクトのために準備をしてきたと言えなくもありません。

20代の米国留学で、「わび・さび」という他国にない日本文化を意識するようになり、30代に3年間滞在したフランス生活でワインのおもしろさと知識に触れ、40代には仕事以外で唯一没頭したとも言える「自然農」による週末農業を行い、50代で少し貯金をし、60代は山暮らしを通じてDIYの技術を磨き、そして祐美子との再婚と、すべてが「70歳からのワインづくりプロジェクト」に活かされているのです。不思議な「運命の糸」を感じざるを得ません。

「第3の人生」は、まだまだ第一歩を踏み出したばかり。日々の試行錯誤を楽しみつつ、生命ある限り邁進したいと思っています。

間伐材を利用したログキャビンづくり。DIYの追求は、ワイナリー作りにも大いに役立っています

伸一郎筆